増渕 賢一(ますぶち としかず)ブログ

日々の思うことや意見、活動を掲載します。

2016年01月

“パンチョッパリ”
 
慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決」されたとされるが、
韓国人の思考回路には、
「総ての悪は日本が原因」がインプットされているようだ。
 
自らの社会がもたらした矛盾まで「日本が原因」と言いたいようだ。
しかし、現実は、
「李氏朝鮮時代を知らずして、日韓併合を語ることなかれ」である。
 
(【萬物相】少子化対策としての朝鮮族移民受け入れ、韓国人は本当に恥知らずだ
朝鮮日報日本語版130()
 

 中国の中央民族大学が出した「中国民族誌」には中国国内56民族の特性が書かれている。朝鮮族は最終章に登場する。冒頭の文章が好意的だ。「朝鮮族は勤勉で勇敢である」。ほかの民族の章は「中国のどこどこで長く暮らしてきた」という文で始まる。朝鮮族の新聞「黒竜江新聞」は2011年の新年の社説で「朝鮮族は半島の同胞と同じく先祖の賢明な気質を受け継いでいる上、中国の遠くを深く見る品性も習い、身に付けている民族だ」と自らを評した。

 日本在住の朝鮮族学者・金文学氏は、国際的な変貌を遂げた朝鮮族を「新朝鮮族」と呼んだ。朝鮮族85万人が中国でなく国外で暮らしているというのだから大げさな話ではない。このうち約20万人は韓国ではなく日本・米国・カナダに生活の場を移した。朝鮮族を取り上げた本「満州アリラン」はこうした変化を延辺の詩人・石華氏の詩で隠喩した。「リンゴでもないものが/ナシでもないものが/一つの果実として熟そうとしている」。

 きのう、与党代表が朝鮮族を大量に受け入れようと主張して批判を浴びた。少子化対策としてそうした話をしたためだ。「国内で出産を増やすべきなのに、移民で補おうというのか」という批判のほか、「朝鮮族は子を産む機械か」という非難まで飛び出した。だが、これは世の中のことをよく知らない人の言葉だった。彼らにとって「多産」はとうの昔からぜいたくなことだった。2013年の人口1000人当たりの出生数は6人で、韓国の8人よりも少ない。少子化は韓国よりも先に朝鮮族にとって死活問題だった。

 だからといって、笑って済ませられるような話でもない。日本により韓半島(朝鮮半島)収奪で追いやられたり、満州の開発で連れて行かれたりした植民地の民が彼らの祖先だ。植民地を拒否し、体一つで凍土行きを選んだ独立闘士の子孫もいる。米国や日本に行った同胞とは違い、多くの朝鮮族が解放(日本の終戦)後、自由民主主義を選択する機会すら封じられてしまった。我々がうまくやってさえいれば、今ごろ韓国の国民として苦楽を共にしていたはずの人々だ。朝鮮族受け入れは、少子化ではなく民族統合の課題として扱うべき事案ではないだろうか。

 韓国人による朝鮮族差別と蔑視を書いた朝鮮族作家の本「韓国はない」が衝撃を与えたのは20年前のことだ。朝鮮族は韓国映画『新しき世界』(2013年)で「延辺乞食」と呼ばれ、朝鮮族社会は映画『哀しき獣』(10年)で狂乱的殺人が横行する無法地帯として描かれた。また、彼らの話し方がお笑い番組に登場する振り込め詐欺犯の話し方として使われるようになって久しい。だが、彼らの犯罪の頻度は韓国の平均以下だ。そのような扱いをしていたのも忘れて、今になって少子化問題でまで朝鮮族うんぬんと言うのだから、韓国人は本当に恥知らずだ。

 
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朝鮮族の新聞「黒竜江新聞」は2011年の新年の社説で「朝鮮族は半島の同胞と同じく先祖の賢明な気質を受け継いでいる上、中国の遠くを深く見る品性も習い、身に付けている民族だ」と自らを評した。
朝鮮族は、「半島の同胞と同じく先祖の賢明な気質を受け継いでいる」と言うが、朝鮮半島の先祖が賢明な気質を持っていたということを受け入れるとしても、社会制度が優れていたのなら、朝鮮族が祖国を捨て海外に望みをつなぎ半島から流出するはずはなかったのではないか。

朝鮮半島の朝鮮民族の大部分は、資産も社会的資格も持てない(当時の)現実から逃避するため満州その他に向かったとみることが正しい見方ではないか。
また、李氏朝鮮は、明や清王朝に「朝貢」していた国であり、朝貢の物品として牛馬、や「美女」があり、「生口=奴隷」もあったであろう。
彼らの子孫が中国の朝鮮族であることも想像できる。
 

朝鮮族85万人が中国でなく国外で暮らしているというのだから大げさな話ではない。このうち約20万人は韓国ではなく日本・米国・カナダに生活の場を移した。朝鮮族を取り上げた本「満州アリラン」はこうした変化を延辺の詩人・石華氏の詩で隠喩した。「リンゴでもないものが/ナシでもないものが/一つの果実として熟そうとしている」。
現代中国の社会体制も、朝鮮族にとって望むべき社会制度ではない証拠が、85万人の中国以外の在住者の存在ではないか。しかも彼らのうち20万が先祖の祖国・韓国以外に在住ということは何を意味するのか。

「リンゴでもないものが、梨でもないものが、一つの果実として熟そうとしている」は、彼らが、ボヘミアン若しくは、ユダヤの民“流浪の民化”していると言えないか。
 

彼らにとって「多産」はとうの昔からぜいたくなことだった。2013年の人口1000人当たりの出生数は6人で、韓国の8人よりも少ない。少子化は韓国よりも先に朝鮮族にとって死活問題だった。
労働集約型社会では、「子沢山」は豊かさの基本であった。

「子は宝」は「子供は宝を生み出す」と言う意味もあったはずである。
近代社会では、豊かな暮らしは労働集約型社会では実現ぜず、豊かさは、知的労働でしか得られない。したがって、教育の重要性が高まる。
高学歴を得るには学費の負担が伴う。少子化の原因である。
 
日本により韓半島(朝鮮半島)収奪で追いやられたり、満州の開発で連れて行かれたりした植民地の民が彼らの祖先だ。植民地を拒否し、体一つで凍土行きを選んだ独立闘士の子孫もいる。米国や日本に行った同胞とは違い、多くの朝鮮族が解放(日本の終戦)後、自由民主主義を選択する機会すら封じられてしまった。我々がうまくやってさえいれば、今ごろ韓国の国民として苦楽を共にしていたはずの人々だ。
日韓併合時代に、満州や、日本本土に移住した朝鮮人は、日本の官憲により強制的に移住させられたものではない。
抗日戦線に身を投じた者もいることは事実だが、それらは限られた人々であり、大多数の朝鮮人は、半島に土地も、(職業的)地位も持たず、満州に移住することによって土地を得た。日本本土では職を得た。
なぜ彼らがそのような行動をとったかを考える時、李氏朝鮮時代を知らなければならない。李氏朝鮮時代は、一部の支配層に対して大多数の朝鮮人は“農奴”の境遇であり、日韓併合で「移動の自由」「職業選択の自由」を始めて得たのだ。
また日韓併合以前、満州等に出稼ぎに行かされた。若しくは逃散し、かの地に移住した朝鮮人は中国人に虐げられていた。
その反発として、日韓併合後、朝鮮人が「日本人」として中国人を虐待したことが日中衝突の原因の一つでもあった。
 
 韓国人による朝鮮族差別と蔑視を書いた朝鮮族作家の本「韓国はない」が衝撃を与えたのは20年前のことだ。朝鮮族は韓国映画『新しき世界』(2013年)で「延辺乞食」と呼ばれ、朝鮮族社会は映画『哀しき獣』(10年)で狂乱的殺人が横行する無法地帯として描かれた
韓国人の「朝鮮族差別」がどの様なものか知るものではないが、在日韓国人に対する韓国人の差別は知っている。
日本人を指して、「チョッパリ」(日本人が足袋をはく習慣があり、足袋の形状が牛馬の“ひずめ”状であることから、日本人を牛馬並みと侮辱する言葉)と呼ぶが、在日韓国人に対しては「パンチョッパリ」(半分牛馬)と蔑称する。
日韓併合時代、日本に移住した朝鮮人の多くが、李氏朝鮮時代“農奴”などの貧困層の人々であったことも侮蔑の原因ともなっているという。
「韓国はない」を読んだわけではないが、満州に移住した朝鮮人を「チョッパリ以下」牛馬以下と見下したであろうことは容易に想像できる
 
余談
太田洪量著「恨(ハン)を解く」を読んだ。
古代日本は、朝鮮半島の百済の影響を強く受けていたことが判る内容であった。
 
百済文化は、奈良で熟成した。
日本の文字文化は百済人によって完成された。
多数の百済人が、文明の伝播者として、技術者として日本に渡来したこと。
日本と百済の交流のベースがあり、百済滅亡の際、多くの百済人が日本に亡命したことなどを詳しく知らせてくれる本である。
 
ご皇室に、百済人の血が混じる件など、全面的に受け入れ難い点は有るが、全体として信じるに足る内容であった。
(男系男子による万世一系は、妻や妾がいずれの民族であるかは問題ではない)
 
現代に目を転じてみても、在日朝鮮韓国人の多くが、百済系(全羅道出身)、若しくは済州島出身(ポリネシア系の海洋民族)であることを見れば、日韓は血脈でも相通じるところがあるのかもしれない。
 
蛇足
青年のころ、豊田有恒著「倭王の末裔 小説・騎馬民族征服説」を読み、夢を膨らませた時代もあった。
しかし、古代史の定説は、百済人は騎馬民族の末裔であったとしても、原日本人は「騎馬民族」でないことは確かなようである。
 
 
 
 

韓国人の良心・朴裕河教授
 
中国人は「韓国には“慰安婦問題”しかない」と、
嘲笑しているという。
 
それを知ってか知らずか、
韓国人は「百何一日の如く“慰安婦問題”を言い募る」
 
韓国の世論に逆らえば、「政治裁判」が待ち受ける。
それでも勇気と気概、学問的良心を持つ学者も現れた。
 
「帝国の慰安婦」裁判、ソウル地裁が国民参与裁判の決定を延期=韓国ネット「総選挙が終わるまで延期するつもりだろう」「朴大統領が証人に?」
Record china2016129()
 

2016129日、韓国・ニューシスによると、著書「帝国の慰安婦」で元慰安婦の名誉を傷つけたとして起訴された韓国世宗大学の朴裕河(パク・ユハ)教授に対する裁判で、一般市民が陪審員として裁判に参加する国民参与裁判を適用するか否かの決定が延期されることになった。

ソウル東部地裁は29日、「被告人と検察が証拠として提出した資料を把握し、『帝国の慰安婦』の初版本を読まなければ、国民参与裁判の適用が可能かどうか決定することができない」と明らかにした。また、検察側は「国民参与裁判の適用に反対しない」との立場を示している。

これについて、朴教授は「裁判所はとても慎重になっているようだが、ある意味正しい決定だと思う」とし、「韓国国民に慰安婦問題を正確に理解してほしいとの思いで本を書いた。国民参与裁判とすべく、今週末にもフェイスブックで『帝国の慰安婦』ファイルを無料配布する」と明らかにした。国民参与裁判適用の可否が決まるのは4月以降となる見通し。

これについて、韓国のネットユーザーはさまざまなコメントを寄せている。

●「国民参与裁判で『慰安婦は売春婦』と発言したらとんでもないことになる。    石が飛んでくるかも…」

韓国と日本は「近くて遠い国」と言われていた。その理由を探れば、韓国政府が「反日」を国是として頑なに日本を拒んでいたからだ。1973年、初訪韓した際には「禁句」のレクチャーまであった。しかし、軍事独裁政権が終焉し民主化が進むにつれて、日本文化「映画やその他のカルチャー」も自由化されたが、「反日」は依然として国是であることに変わりはないようだ。
 
●「国民参与裁判をしたらむしろ不利になると思う」
帝国の慰安婦の著者・韓国世宗大学の朴裕河教授が、国民参与裁判を望んだのは、韓国政府の「反日政策」マスコミの「反日世論」に、韓国民がどの程度賛成しているか。韓国の表現の自由、思想信条の自由がどの程度のものかを改めて確認する意図があるのではないか。
国民参与裁判で、国民裁判員の秘密を守られる形で裁判が行われることになれば“意外な結果”が期待できるかもしれない。
 
●「朴大統領が証人として裁判に参加するなんてことはないよね?」
朴大統領の心象風景は知る由がないが、韓国人一般の心象風景は韓国のマスコミ世論とは少なからず異なると信じている。
往年の韓国にはテクノラート・エリートと呼べるのは軍出身者しかいなかったが、近年の韓国人はインテリも少なからず存在するからである。
日本人の海外留学者は、「愛国者になって帰国」するといわれたが、韓国の青年は海外に留学して「国際人として帰国」しているのではないかと実感する。
 

●「総選挙が終わるまで延期するつもりだろう」

つまり、韓国の政治家は、政府が主唱してマスコミが作り出す「世論」に自縄自縛されているということだろう。
負の連鎖をいつ断ち切れるのか?悲観的になわざるを得ない。
 
●「親日政府からお金をもらって本を書いたんでしょ?最後まで政府が守ってくれるだろうから心配いらないよ」
かつての国民党の中国も、現在の共産党の中国も、外国人に資金を提供してプロパガンダを行ったことは広く知られているが、韓国政府にそのような余裕と戦略があったとは知らなかった。
朴裕河教授の著書は、純粋な歴史研究に基づいたものであろう。
元慰安婦のハルモ二の総てが“そうだとは言わないが”何人かは日韓の反政府団体から財政的支援を受けて、虚偽の言動を繰り返していることは事実のようだ。
 

●「なぜ韓国で大学教授として働いているの?日本の政治家になればいいのに」

私は、「韓国には『正史』があって、『歴史』がない」と断定している。
しかし、世論から集中砲火を浴びることを覚悟して、歴史的事実と、関係者の証言等に基づいて「帝国の慰安婦」が出版されたことを評価する。
朴裕河教授が、“無罪”となることは期待薄だが、今後、第2の、第3の朴裕河教授が出現し、韓国が「歴史」を取り戻すことを期待する。
 
●逆提訴
朴裕河教授は「元慰安婦の名誉を棄損した」故で提訴された。朴教授は学問的良心に基づいて御著書をものしたのであろうから、朴教授も「提訴によって名誉を棄損された」ことになる。
裁判の結果のいかんにかかわらず、逆提訴の機会はないものだろうか。
逆提訴によって、著書の内容について検証することを得れば、慰安婦問題に関する大きな一歩となるのではないかと思う。
「最終的かつ不可逆的に解決」と言う言葉に一時踊らされたが、振り返ってみれば、そもそも慰安婦問題など存在しなかった架空の想像の産物である。
冷静に見れば、拗ねて、ムズガル駄々っ子が「もう拗ねません、ムズガリません」と言ったに過ぎないことを認識するところから日韓関係が再出発ということか。
 

黒幕は誰か!!
 
東アジアにおける問題点は、
日韓の「慰安婦問題」などではない。
台湾における親中派「国民党の惨敗」である。
台湾の独自性を主張する“蔡英文”新総統の誕生は、
東アジア情勢を根本的に立て直す契機となりそうだ。
馬英九が“窮余の一策”として行ったのが、「太平島上陸」であるか?
中国の対日謀略としての甘利問題か?
 
台湾の馬総統の太平島訪問計画に、米窓口機関が失望を表明=米国ネット「米国に何の関係があるんだ?」「台湾を支持したらどうだろう?」
Record china2016129()

2016127日、ロイター通信によると、米国の対台湾窓口機関である米国在台協会(AIT)は同日、台湾の馬英九(マー・インジウ)総統が南シナ海・南沙(英語名・スプラトリー)諸島の太平島を訪問する計画であることに失望を表明した。

台湾総統府は27日、馬総統が28日に台湾が実行支配する太平島を訪問すると発表した。訪問の目的は、春節(旧正月)を控え、島に在住する駐在職員らを慰労するためだと述べている。これを受けて、AITの報道官は28日、馬総統の太平島訪問計画は南シナ海の緊張を高めるものであって、平和と紛争解決のための助けにならないと述べ、失望を表明した。

この報道に、米国のネットユーザーがコメントを寄せている。

●「時代は変わった。台湾との外交を始めるべきだ」

米国の国策を左右しているのは、国際金融マフィア、国際石油メジャー、産軍複合体であると言われる。
国際金融マフィアは、中国との関係が深いと言われているが、米国の金利引き上げは、彼らの中国離れを意味するという。
国際石油メジャーの主要なターゲットはロシアの石油利権であるといい、昨年の中国のロシアの原油輸入の合意は、彼らの戦略を阻むものと不快感を隠さない。

産軍複合体は、紛争の勃発、もしくは国際的な緊張はビジネスチャンスと見ている。つまり、アジアにおいて北朝鮮の脅威と並んで台湾海峡の緊張は願ってもないという。時代が変わったということはその様な状況の変化を言うのだろう 

●「中国は、台湾がとうとう南シナ海の領有権を声高に主張したことをうれしく思っているだろう」

中国も台湾の国民党も「中国は一つ」と言う点で政策は一致している。シンガポールにおける先の中台首脳会談は、中国を宗主国として台湾はその一部、習近平は、馬英九を台湾省の省長として遇したのだろう。中国台湾省の省長・馬英九の領土権主張は、中国の主張と一致するということか。

思い起こせば、中国の言う南シナ海領有権主張の根拠「9段線」は、蒋介石の主張した「11段線」がベースとなっている。

●「台湾を支持したらどうだろう?」

米中国交回復後も米国政府は、国内法である「台湾関係法」に基づいて台湾に対する武力併合を阻止する姿勢を取り、その方針は変わっていないはずだ。

●「オバマ政権は他国の問題に関わりたがる。国内問題に注力すべきだよ」

従来の米国政府の方針は世界の覇権国家として存在することに最も意義を持っていたはずだ。つまり「(米国は)世界の警察官」たることを使命としていた。しかし、バラク・フセイン・オバマは、「米国は世界の警察官」であることは続けられないとの意思を表明している。それが、中国に対して誤ったメッセージとなっていることに注意しなければならない。

●「なぜ私たちはいつも自国とは関係のない問題に首を突っ込む必要があると感じているんだ?」

かつての中東は、石油資源がある故に重要であった。したがって世界石油メジャーの関心の的であったと同様に、近未来のアジアは、世界の人口の60%を占める故、市場としての価値は重大である。ゆえに、国際金融マフィアは、アジアに関心を持たざるを得ない。


●「米国に何の関係があるんだ?」

実際に、世界中のあらゆる地域で、米国に関係しない地域は無い。米国が覇権国であるがゆえである。しかし、世界の覇権をこれまで通り維持することに無理が生じ始めてきた。今後の米国の戦略は、同盟国に分担を強いる方向に変化するだろう。「米国に何の関係があるんだ?」との意見が出ることが、米国の意思を表していると見る。

●「から騒ぎだな」
「から騒ぎ」であれば幸いだが、中台連携が、アジアの緊張を高めることになることは明らかである。
南シナ海は、世界有数の海上輸送路「シーレーン」であり、台湾とフィリピンの間のバシー海峡は、日本・韓国は勿論、中国の産業施設が集中する東シナ海沿岸を考えれば、中国にとっても死活的に重要である。
日本では、中国による南シナ海のシーレーン封鎖が取りざたされるが、中国から見れば、蔡英文の台湾が、米国とともにバシー海峡を封鎖することは中国にとっては悪夢であろう。
 
●中国封じ込め
米国を後ろ盾として、フィリピンと台湾、台湾の日本が軍事同盟を結び、バシー海峡、南西諸島を固めれば、中国は交易路を完全に封鎖されることになる。
中国海軍の戦略ライン「第一列島線」は、中国にとっての重要戦略ラインであると同時に、日本や台湾が中国の戦略を逆手にとれば、中国をけん制する最も大きな武器となることに注目しなければならない。
蛇足であるが、台湾海峡は、金門諸島と台湾本島で扼されている。
 
●新日本国憲法実現・再軍備への道
米国のアジア戦略において、日本を中心として、韓国・台湾・フィリピンの軍事連携が最も安上がりな中国封じ込め戦略であることを米国は自覚しつつあるようだ。近い将来、米国によって、自主憲法制定を促される、求められる時が近づいている。TPPがその第一歩ともいえる。
 
●甘利 明“失脚”
このようにアジア情勢を見れば、中国にとって、TPP問題の主役・甘利明は「最も好ましからざる人物」である。
甘利明を失脚させるために、用意周到に準備された“罠”は誰が仕組んだのかと考える時、巷間言われているように「右翼の謀略」にしては手が込み過ぎている。
さらに、週刊文春が幾らくらい情報料を支払ったかは知る術がないが、謀略者はその程度の金銭が目的では無い筈だ、であれば、黒幕が誰なのか。
私の妻は「中国の仕業かしら」と勘繰るが、私はそれに同意しなくても妻の“勘”を否定できない。
 
 

朝鮮通信使「認識の違いには目を瞑ろう」
 
朝鮮通信使と言えば、「徳川政権時代の通信使」を思い起こすが、
室町期に3回、豊臣政権時にも2回、来訪したようだ。
しかし、今回話題となる「朝鮮通信使」は
“日韓友好の象徴”と言うのだから、
徳川政権・江戸時代の通信使に限定しているのだろう。
 
日韓友好の象徴「朝鮮通信使」を世界遺産に!日韓が共同申請=韓国ネット「韓流ブームの元祖」「認識の違いでもめるだろう」
Record china2016128()
 

2016128日、韓国・聯合ニュースによると、日本のNPO法人「朝鮮通信使縁地連絡協議会」と釜山文化財団は同日、日韓の平和と善隣友好の象徴と言われる「朝鮮通信使」に関する資料111件、333点をユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界記憶遺産に登録申請すると明らかにした。

両団体は29日に対馬で調印式を行い、申請対象の資料を最終的に確定する。今年3月までに登録申請書を提出する予定で、登録の可否は20177月ごろに決まるという。

これについて、ソ・ビョンス釜山市長は「平和のメッセージを世界に伝える良い機会になってほしい」と語った。

これを受け、韓国のネットユーザーはさまざまなコメントを寄せている。

「韓国の思い通りになるわけがない。日本に何を伝達したことになるのか…」

室町時代の3回の通信使は、倭寇対策を室町幕府に要請し、同時に幕府に交易の利をもたらしたものなのだろう。
豊臣政権時の通信使は、日朝双方の解釈の齟齬から文禄・慶長の役を惹起させたともいえる。
徳川政権での使節は、当初は文禄慶長の役の際の捕虜の帰還問題が主任務であり、後の通信使は将軍の就任祝賀が目的であった。
韓国でいう「文化伝達使節」は副次的なものであり主目的ではない。
 

「日本と韓国では朝鮮通信使に対する認識が違う。どのような内容で登録されるのかが重要だ」
対馬島主・宗氏は、徳川幕府の傘下に在りながら、主食である「米」を朝鮮半島に依存していたため、朝鮮王朝にも臣従の形式をとっていた形跡がある。

宗氏は、実質的には日朝両属の様相があったため、日朝両国の「国書」を偽造したり修正したりしたようだ。

つまり、日本側は「朝貢使節」と解釈し、朝鮮側は「国交許諾使節」と言う解釈を可能としていたのであろう。

「朝鮮通信使をなぜ日本と共同で申請する?もしかして日本から要請された?」
先にも述べたように、江戸時代の通信使は、(文禄・慶長の役等の)戦争を再び起こさないための平和維持使節ということもできる。

また、宗氏の画策により、徳川幕府も李氏朝鮮王朝も、双方の面目が立つような状況になっている。
しかし内容についてあまり突っ込んだ研究はよした方が良いとも思える。
 

「日本と近いからなのか、釜山には親日派が多い気がする」
古代、現在の釜山は、弁韓の地である。

この地方の人々と、北九州の人々はともにポリネシア方面から長い年月を経て移住を重ねたものであり、同じ民族・人種であったという。
「海女」の伝統が済州島に残るが、それも、日本と朝鮮南部の住民が同じ文化・慣習を持っていたことの証明だろう。

魏志倭人伝には「倭は海に没す」とある。海女は「倭人の技」なのである。

「日韓友好につながると考えているようだが、そううまくはいかないだろう。認識の違いでもめるに決まっている」
その恐れは十分ある、したがって、通信使に関する日韓両国の認識はそのままにして、深く探求し、両者の解釈の溝を埋めることなどはしない方が良い。

通信使の「歴史的認識」もまた、日韓双方で違っていることをお互い認め合えばよい。歴史認識とはそういうものである。
米国の西部開拓史は、「アメリカン・ドリームの端緒」であるが、アメリカインディアンにとっては「被侵略の歴史」である。
一つの真実に対して立場の違いで解釈は異なる例である。
 

「韓国では朝鮮の文化を日本に伝えたと教えられているが、それが全てではない。朝鮮通信使の日記を見ると、当時の日本の豊かさに驚かされる内容も多い」
李氏朝鮮は500年の文化的停滞、江戸時代300年は、日本独自文化の爛熟期である。

通信使・再開当初は、儒教などの文化伝播の役割もあったが、江戸中期・幕府側の新井白石等は、朝鮮より日本の文化の方が優れていることを認識していた節がある。
 

「朝鮮通信使は韓流ブームの元祖。無事に登録されますように」

室町時代は「倭寇対策」、豊臣政権では「倭寇対策」のつもりが、侵略を許すきっかけとなり、徳川政権に在っては、当初は「捕虜帰還運動」、その後は、臣従の証として「将軍襲職祝賀等の使節」であり、日本の武力を抑えるための李氏朝鮮王朝の窮余の策であったようだ。
「韓流ブームの元祖」などと浮かれていると思いがけないことが起こるかもしれない。
 
 

 
日本は“情の国”
 
韓国は“恨の国”であるといわれる・・・が。
中国は“義の国”であると日本人は思っていた。
日本は“情の国”である。
 
中国が“義の国”であったのは、孔孟の時代であり、
現代の中国人は・・・に気付いた。
 
東日本大震災の折り、台湾が“最高の情”を表してくれた。
台湾が、日本人と共に暮らした50年で、
日本以上に“情の国”になっていたことを改めて知らされた。
 
今日の記事を見る限り、韓国人も“情の民族”であることが判る。
 
人間が普通に持っている“人情”が、発露されるか否かは、
住まいする社会が、政治環境が、関係しているのだろうか。
 
日本人を助けようと犠牲に…韓国人留学生の両親が新大久保駅で献花=韓国ネット「日本人が大好きだったのだろう」「日本は知れば知るほど不思議な国」
Record china2016127()
 

2016126日、韓国・聯合ニュースによると、東京のJR新大久保駅で線路に落ちた男性を助けようとした韓国人留学生・李秀賢(イ・スヒョン)さんとカメラマンの関根史郎さんが亡くなった事故から15年がたった26日、李さんの両親が事故現場に設置された慰霊碑に献花し、黙とうをささげた。

李さんの母・辛潤賛(シン・ユンチャン)さんは、「息子を忘れないよう努力してくれる方々に感謝している」とし、「新大久保周辺に住む韓国人らが苦労していると聞いて心が痛んだが、今後日韓関係が良くなることを願っている」と話した。李さんの父・李盛大(イソンデ)さんも、「日韓関係が悪化し、息子も心を痛めていただろう。さまざまな問題があるが、お互いが譲歩すれば解決に向かうと信じている」と強調した。

これについて、韓国のネットユーザーはさまざまなコメントを寄せている。

「もう15年もたったのか。ニュースを見るたびに切ない気持ちになる」
この記事を見たとき頭にひらめいたのは、1982年、米国ワシントンのポトマック川に墜落したエア・フロリダ機の乗客の行動であった。

婦女子や子供の救出を優先し、手助けした男性たちが、氷の張った川に沈み、次々と命を落とした風景である。
米国の一般男性の英雄的行動は、私の脳裏に強く印象付けられている。
韓国人の日本・新大久保駅での“美談”辛秀賢さんの行動も、人間としての自覚“自然の情”、「強いものは弱いものを助ける」を自ら行動で示したもの。
 

「きっと天国で幸せに暮らしているだろう」
中国人一般は、他人に構うと逆恨みされるという。

だから、倒れている人を見ても“見て見ぬふり”だという。
中国人は天国に行けないのだろう。
宗教心がないのだから、地獄も極楽も知らされず、専ら“現世利益に執着”するということか。
 

「人情が薄れつつあるこの時代に、本当の愛を実践してくれた義人」
人情が薄れてきているのは、地域社会が崩壊したから。

しかし、人情や義侠心はとっさのときに発揮されるもの。

損得勘定は“理性”だが、義侠心は“純粋な感情”から発揮される。

「犠牲となった2人を心から尊敬する」
新大久保駅の事件で、犠牲となった韓国人・李秀賢さんの事は多くの人の記憶に残っているが、李君と共に救助に当たり犠牲となったカメラマン関根史郎さん(47)の事は忘れがちだ。

一人の人間として反省したい。
 

「日本人の命を救おうとした義人のことはずっと覚えてくれているのに、なぜ過去の歴史は忘れようとするのか?日本も韓国と同じで、国民ではなく政治家に問題があるのだろう…」
「美談を忘れない」は、日本人は、過去を忘れないという証拠ではないか。

日本人がなぜ過去の歴史は忘れようとするのか?と言う疑問をもっと掘り下げて考えてほしい。
日本人は、事実を忘れることが無いと同時に、事実無根の事は“記憶にない”ということだ。
韓国国民が韓国政府や公教育で教えられる近現代史における日本との関係は事実に基づいているとしても、かなり無理な“曲解”がある。

慰安婦問題がその典型である。「慰安婦が存在したことは事実」だが、彼女らが、官憲によって「強制連行」された事実はないし、彼女らが「性奴隷」だった事実も全くない。

「知れば知るほど日本は不思議な国。学ぶところの多い国だが、いつも韓国をだまそうとする。でもやっぱり温かい国…」
日本人は韓国人に対し“あたたかい心で騙す”というのか?

韓国人を“騙す国に学ぶところがある”というのか?
韓国の人々が日本人に感じる“矛盾”は何なのか?
原因を究明してほしい。「韓国内の正論」に疑問を抱いてほしい。
 

「秀賢さんはきっと、日本でたくさんの愛をもらい、日本人が大好きだったのだろう」
そうとも言えるが、

日本での留学生活で、“人間の本性”が、自然に目覚めていたのではないか。
李君は、救助対象者の国籍に関係なく救助活動を躊躇わなかったであろう。
 
「正直、韓国だったら事件のことをすぐに忘れていた。日本のこういう部分を見習いたい」
日本人は“美談”を顕彰することにやぶさかでない。
それは人間社会として当然のことではないか。
 
但し、日本人は、感情を面に表さないが、怒りも忘れないし、復讐心もある。
“堪忍袋の強い緒”も、切れることがあることを忘れてもらっては困る。
 
 

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